Nonstop Express

~沿線民より想いを込めて~


  

近鉄南大阪線は大阪阿部野橋から橿原神宮前を結ぶ、39.7kmの路線です。
近鉄はほとんどの路線が標準軌(1435mm)ですが、南大阪線系統の路線は狭軌(1067mm)です。
以前は上本町営業局(上局)・天王寺営業局(天局)・名古屋営業局(名局)という三つの局にそれぞれ管轄が分かれて運営され、
その天王寺営業局の管轄がこの南大阪線系統でした。
現在は大阪運輸統括部と名古屋運輸統括部に上局と天局が合併された形になっていますが、
そんな歴史があることもあり、
標準軌路線では見られない様々な特徴があります。

路線の最高速度は特急が110km/h、特急以外の種別は100km/hとなっています。
(長野線は100km/h、御所線は65km/h、吉野線は100km/h、道明寺線は65km/h)
特に古市駅での増解結の速さは有名で、当駅での行先・種別の変更は名鉄に続き、近鉄の路線では一番多いと言えます。
※連結・解放 基本1分30秒以内と言われています。
ダイヤは基本的に大阪阿部野橋発ではわかりやすく、できるだけ等間隔に揃えられています。
近鉄の他の路線は多少のダイヤ変更が毎年行われていますが、
南大阪線については2000年以降、特急列車の運行形態を除いて大きな変更が行われていません。
ダイヤの詳細についてはぜひ時刻表を見てみてください!

南大阪線の歴史

明治29(1896)年3月、出水弥太郎氏らによって河陽鉄道(こうよう)に始まる。その時の資本金は30万円(現在の約6億円)。
明治31(1898)年3月、柏原~古市間が開通。
                      4月、古市~富田林間が開通。
明治31(1898)年3月、河陽鉄道が経営困難になり解散。
明治32(1899)年5月、河南鉄道がこれを継承。
明治35(1902)年5月、営業開始。南大阪地方の交通の動脈になった。
大正08(1919)年、大阪進出を目指していた同社は大阪鉄道株式会社へと社名変更。
大正11(1922)年4月、布忍~道明寺間開通。
大正12(1923)年4月、天王寺(現在のあべの橋)~布忍間開通。関西の名高い鉄道となった。
昭和04(1929)年3月、古市~久米寺(現在の橿原神宮前)間開通。当時久米寺~吉野間を走っていた吉野鉄道に乗り入れ開始。
                              こうして大阪-吉野間の全線が結ばれた。
昭和05(1930)年12月、尺土~御所間開通。
昭和12(1943)年2月、当時上本町~名古屋間を走っていた関西急行鉄道株式会社と合併。
昭和19(1944)年6月、太平洋戦争中の戦時下で要請により南海鉄道と合併して近畿日本鉄道株式会社となる。
昭和22(1947)年6月、南海鉄道と分離して再出発。戦後の満身創痍な状況で線路の撤去や営業中止していた区間もあり復旧に尽力。
昭和32(1957)年10月、長野線古市~喜志間複線化工事完成と同時にラビットカーを投入し輸送力を増強。
昭和40(1965)年10月、阿倍野橋~吉野間で特急電車の運行開始。
昭和42(1967)年2月、高田市~橿原神宮前間の複線化完成。念願だったあべの橋~橿原神宮前間の複線化復旧。
昭和47(1972)年2月、膨れ上がる沿線人口に対応するため、複線化や高架化などが積極的に進められ、今日に至る。
平成29(2017)年3月、一人の沿線民が南大阪線の魅力に魅せられ、、BVE5 A更新版近鉄南大阪線路線データを公開。

出展 : 書籍「私鉄沿線シリーズ8 近鉄沿線ぶらり散歩 南大阪線 吉野線編」より

更新履歴

  • 2017年03月29日 初版
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